[社説]警察にねつ造確認された全斗煥の「自衛発砲」(ハンギョレ新聞)



 全南(チョンナム)警察庁は11日、「5・18民主化運動における全南警察の役割」という報告書を出し、「警察施設の武器が初めて奪われたのは5月21日午後1時30分、羅州警察署の南平支署だった」として、午前8時だったという軍などの記録は事実歪曲だと明かした。当時市民が銃器を奪って武装したために戒厳軍が自衛権の次元から発砲したという主張はねつ造だったことを公式に確認したのだ。1988年に保安司令部がいわゆる「5・11研究委員会」を設けて市民軍の武器奪取時を戒厳軍発砲以前だったとねつ造した事は報道されはしていたが、奪われた当事者の警察が内部秘密文書を確保し、面談調査までして公式確認したのは初めてである。これまで5・11研究委の偽のシナリオを元に全斗煥(チョン・ドゥファン)氏らの虚偽の主張がまかり通っていたという点から、1次資料を基にした警察の調査の意味は大きい。

 全南警察庁は全氏が回顧録を通じて「戒厳軍が前面に出るほかなくなったのは全南警察局長の重大な過失のためだった」として警察の責任論を指摘し、今年4月27日に真相調査のための担当を設けたという。運動当時の勤務警察など137人に面談し、当時の治安本部が作成して30年間非公開にしてきた「全南事態関係記録」をはじめとし、国家記録院と5・18記録官の資料をあまねく調査したというのだから、高く評価するに値する。

 保安司令部の5・11研究委は午前8時(羅州潘南支署)と9時(羅州南平支署)に市民軍が武器を奪取したようにすべての軍記録をねつ造した。しかし実際には当日午後1時頃全南道庁の前で空輸部隊が集団発砲して30人余りが亡くなり、怒った市民が1時30分頃に南平支署から武器を奪ったことが確認された。この報告では、光州刑務所襲撃説や北朝鮮軍介入説についても当時の光州刑務所長や23カ所の警察情報センターの関連者の証言を基に事実でないと明らかにした。

 5・18当時、ヘリコプターの射撃や戦闘機の待機説については軍レベルでの調査が進行中だ。発砲命令者の糾明など5・18民主化運動の真相についてはまだ明らかにすべき真実が多数残っている。全氏の例から見られるように、生半可な容赦は和解・治癒でなく歪曲・弁解を生むだけだ。偽りの回顧録を機に始まった今回の警察調査は、真実が全て明らかになる時まで糾明作業を止めてはならないという歴史的教訓を私たちにもう一度教えてくれる。

(お問い合わせ japan@hani.co.kr)

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